パウロがギリシャ人に説教を行ったアレオパゴスの丘(アテネ)
キリスト教がヨーロッパに広まる始まりは、パウロがマケドニア州のネアポリス(現カヴァラ)の港に到着した第2回伝道旅行からととされています。ギリシャでは、キリスト教伝道に生涯をささげたパウロの足跡をたどることが出来ます。
フィリピ
トロアス(現トルコ)からネアポリスの港に到着後パウロがヨーロッパで最初に赴いた地。アレクサンダー大王の父でマケドニア王のフィリッポス2世の名前を取った当時のマケドニア州の主都でした。フィリピの古代遺跡にはローマに続く古代エグナティア街道の跡、古代劇場、アゴラなどを見ることが出来ます。また、パウロが投獄されていたいわれる牢獄跡があります。
アンジスタ川のほとりの祈り場は、パウロが紫布の商人ルデヤにヨーロッパで初めて洗礼を授けた場所です。緑に囲まれた場所は、ゆったりと時が流れ、昔のままの空間にいるように感じさせてくれます。
近くにはルデヤ記念教会があり、パウロが伝道旅行で辿った地図のモザイクを見ることが出来ます。
テッサロニキ
パウロの宣教によりユダヤ人、ギリシャ人が回心しテッサロニキ教会の中心となっていく都市です。しかし一方で反発するユダヤ人により妨害され、危険が迫りベレアへ逃れることになります。街中にはパウロが説教したであろうアゴラ(古代ローマの広場)の遺跡を見ることが出来ます。
ベレア(現ベリア)
パウロの宣教により、ベレアでも多くのユダヤ人たちがイエス・キリストを信じ信仰にはいります。パウロが説教に使ったと言われるベマ(説教段)がパウロ記念公園の中に残っています。また、説教の様子を描いたモザイク画も見ることが出来ます。ここベレアでもテッサロニキのユダヤ人暴徒がやってきて民衆を扇動したため、パウロは船でアテネへ向かいます。
コリント
アテネから古代ギリシャの主要都市国家であったコリントへ移り、パウロは1年6か月の長期にわたり滞在します。ユダヤ人から迫害を受けながらも伝道を続け、異邦人も多数信徒になり、コリント教会の礎を築きました。コリントス遺跡では、アポロン神殿、パウロも説教したであろうベマやローマ時代の水洗トイレなども見ることが出来ます。
【番外編】
メテオラの修道院
絶景の奇岩群メテオラの頂上に建つ修道院。9世紀頃より、俗世界と隔絶し祈りに生きる修道士達が理想的な環境として住み始めました。現在、6つの修道院が活動しています。ユネスコの世界遺産にも登録されていて、スピリチュアルな雰囲気が漂います。
ペラの遺跡
古代マケドニアの首都でアレクサンダー大王生誕の地ペラ。ヘレニズム時代の碁盤のような街並みや素晴らしいモザイクの床が発掘されています。近くの考古学博物館では「獅子狩りをするアレクサンダー」など傑作のモザイクが展示されています。
★お薦めホテル Grande Bretagne Hotel
元の迎賓館であったアテネで最も伝統と歴史のあるホテル。シンタグマ広場に面する便利な立地に加え、大理石調の広いロビーなど高級感あふれる雰囲気。最上階のレストランにてアクロポリスを眺めながら朝食をいただけます。