医療裁判 /広島地裁

 産婦人科医の自殺は過労が

原因だったとして労災を認定

/広島地裁

 

僻地の総合病院に勤務していた産婦人科医の男性が自殺したのは過労による精神疾患が原因だとして、遺族が国に労災認定を求めた訴訟の判決が今年5月、広島地裁でありました。裁判所は、長時間労働と精神疾患の因果関係を認め、労災を認めなかった国の決定を取り消すよう命じました。遺族は「産婦人科医の労働実態の過酷さが周知され、環境改善の一助となることを願っています」と話しています。国は控訴せず、判決が確定しました。

 

 ◆夜間や休日も病院に駆けつける日々

 男性医師は約25年のキャリアを持つ50代のベテランで、約10年間にわたって中国地方の僻地にある総合病院(約300床)で産婦人科部長を務めていました。ところが、2009年ごろうつ病を発症し、約2カ月後の未明に病院の敷地内にある自宅のガレージで首を吊って自殺しました。残された妻は11年3月、労働基準監督署に労災を申請しましたが認められず、審査請求と再審査請求も棄却されました。妻は13年11月、国を相手取った行政訴訟を広島地裁に起こしました。

遺族側によると、男性医師は年間に約200件の分娩や開腹手術を担当し、長時間労働が常態化していました。この病院には常勤の産婦人科医が2人しかおらず、男性医師は夜間や休日も病院に駆けつける日々を送っていたといいます。一般的に、この規模の総合病院であれば常勤の産婦人科医は3人以上いるのが望ましいとされますが、近年はそれが難しくなっているという実態が背景にあります。

 男性医師は2008年ごろから頭痛やめまいを訴え、同年末にはうつ病の症状が出ていましたが、引き続き長時間労働を余儀なくされていたとのことです。

◆長時間労働と精神疾患に因果関係

 広島地裁の判決は、男性医師がうつ病となる半年前から月80時間を超える時間外労働が複数回あったほか、2週間以上の連続勤務も5回以上あったと指摘。常勤の産婦人科医が2人しかいなかったことなども負担を大きくしたと認めたうえで、これらの事実により「心身の状態が悪化した」と結論づけました。なお、厚生労働省は月80時間以上の時間外労働を過労死の労災認定ラインとしています。

 遺族側によると、この病院では医師の労働時間が正確に記録されていなかったのですが、男性医師が担当していた患者のカルテなどから長時間労働の実態を把握できたとのことです。代理人弁護士は「自ら分娩や手術を担当するだけでなく、産婦人科部長として部下たちを監督する責任を負っていたほか、小児科や内科などから応援を求められることも少なくなかった。ほとんど休日もなく常に緊張を強いられていた」と指摘しています。

 裁判では、大学教授ら複数の専門家が産婦人科の特殊性や僻地医療の現状などについて証言し、今回の判決につながりました。判決後、妻は「夫は僻地の産科医療を守る責任者として重責を担っていました。この裁判で夫の名誉が回復されることを願っています」と語りました。裁判を傍聴した人からは、「普通に出産することがどれだけ危険をはらんでいて、それを医師が細心の注意で管理しているおかげで無事にお産ができることを、初めて知った」との声が寄せられたそうです。

◆深刻さを増している僻地の医師不足

 「働き方改革」や「ライフワークバランス」がさかんに議論される昨今ですが、政府は医師の時間外労働について上限規制の適用を5年間延期し、その後も一定の条件で年間1860時間(月平均155時間)まで認めるとする報告書をまとめました。これに対して、「医師の過労死を防げない」との声が上がっています。一方、地方によっては医師不足が深刻さを増しており、とりわけ僻地における産婦人科は待ったなしの状況が続いている領域のひとつです。これからの日本の医療はいかにあるべきか、国民全体で考える時期に来ているのではないでしょうか。