断らない救急医療

 「断らない救急医療」で5年連続の全国トップ評価

神戸市立医療センター中央市民病院

 救命救急センター長 有吉孝一先生

 

厚生労働省が毎年発表している全国の救命救急センターの評価点数で、神戸市立医療センター中央市民病院が100点を獲得して289施設中の第1位となり、5年連続トップを達成しました。重篤な患者の受け入れ人数や地域医療との連携のほか、救急医療分野の教育や災害対応の機能など、45項目において非常に高い評価を受けました。「365日、24時間、断らない救急医療」を掲げる同病院の救命救急センターでは、年間3万件以上の救急外来を受け入れ、約8千人の患者が入院します。同センター長として最前線に立つ有吉孝一先生に、お話を伺いました。

 

 

◆ER型を発展させた救急医療体制

――神戸市立医療センター中央市民病院の救急部門について教えて下さい

有吉 日本の救急医療には、大きく分けて「救命型」と「ER(emergency room)型」があります。救命型は、救急車で搬送されてくる重篤な患者さんの対応、いわゆる三次救急に特化したスタイルで、多くの大学病院などはこちらです。一方、ER型は一次から三次まで基本的にすべての患者さんを受け入れ、重症度を判断したうえで専門医に振り分けるというスタイルです。当院の救命救急センターはこのER型を発展させたもので、入院した患者さんの管理も救急医が行い、さらに一部は一般病棟へ移った後まで主治医として担当します。

なぜER型かというと、救急外来の患者さんには救急搬送ではなく自家用車やタクシーなどで訪れる「ウォークイン」の方が一定数いるからです。こうした方々は、ご家族や患者さん自身も重症であることを認識していないケースがあり、救急搬送への対応だけでは不十分なのです。重症循環器疾患の約30%、重症外傷の約10%が自力受診というデータがあり、CPA(心肺停止)の患者さんでも1・4%がウォークインでした。当院では、受け入れる患者さんを選別しないという「断らない救急医療」を理念としています。

 従来、日本では主に若い研修医たちが救急医療の現場を担っていました。しかし、重症かどうか分からない患者さんを受け入れ、あまり時間をかけずに的確な医療を行うために、本当は高い専門性が必要です。こうしたER型の救急医療が近年、日本でも行われるようになってきました。

――一般市民にとって、心強いですね。

有吉 はたして患者さんはER型を求めているのでしょうか。あるシンポジウムで市民団体の代表者がおっしゃったのは、「私たちが365日、24時間、専門医にかかれる未来はいつでしょうか」ということでした。救急外来にやってくる一般市民の方々にとって、胸が痛ければ心臓外科や循環器内科、お腹なら消化器内科というように、いつでもすぐ専門医の先生に診てもらえるのが理想なのです。

しかし、そのような未来は訪れません。医療の世界に「オレゴン・ルール」と呼ばれる法則があります。「いつでも医療を受けられる」「質の高い医療を受けられる」「少ない費用で医療を受けられる」という三つのうち、二つまでは実現可能だが、すべてを求めることはできないというものです。その通りだと思います。

専門医の育成にはお金がかかります。たくさんの症例を経験する必要もあります。ですので、厚生労働省は「総合診療医」をつくろうとしています。これは国策でしょう。まず総合診療医が患者さんを診て、専門医に割り振ったほうが、圧倒的に費用が安くすむからです。専門医が常に当直をやるわけにはいきません。翌日に手術があるかもしれないし、自分の外来で患者さんを診なければならないからです。

では、医師はER型を求めているのか。インターネットにある医療関係者向けの掲示板を見てみると、「断らない救急医療」について否定的な意見がほとんどでした。まとめると、まず「ブラック病院ではないのか」という見方がひとつ。つまり、理事長や院長が「断るな」といって無理矢理やらせているに違いない、現場の医師が疲弊してひどい目にあっているだろう、という声です。ほかに、それだけ人件費などを使っていれば病院が赤字になるはずだという意見があります。また、何でも受け入れていたら訴訟がたくさん起こって大変だろうという指摘もありました。

――現実は厳しいということでしょうか。

有吉 当院ではER型を少し発展させたかたちにしています。「日本型ER」といえるかもしれません。どんどん患者さんを受け入れて専門医に回していたら向こうが大変です。翌日に手術があるかもしれないし、入院を待っている患者さんはたくさんいます。救急医療のために別の患者さんを後回しにはできません。難しい手術ができる先生に夜中やってきた軽い症例をお願いするのも不適切です。当院では、救急部門のICU(集中治療室)はすべて救急医が診るようになっており、一般病棟に移ってからも引き続き担当します。多発外傷や中毒など外因性のものについて総合診療科のようになっているのです。

 ◆「断らない救急」を可能にする工夫

――とはいえ、簡単ではないと思います。どのように取り組んでいるのですか。

有吉 まず、医師の数を増やすこと。それも救急医だけでなく救急医療に協力的な専門医を少しでも多くするのが最も重要です。当院の研修医は毎年18人いますが、ERでの経験が必須となっています。みんな研修を終えたら専門医になりますが、ERに身を置いたことがあれば自然と理解が深まり肯定的になります。

もちろん救急医の育成にも力を入れています。当院では1993年から救急専攻医を全国公募しており、昨年までに62人が修了しました。最初の10年は22人が修了して3人しか救急医にならなかったのですが、年々その割合が大きくなって、2013年以降は全員が救急医になっています。私も93年に当院へ来た一人です。救急医療分野のなかでも、とりわけER医を育成しているのが特徴です。

 次の問題は、需要と供給です。救急医療の現場では常に需要と供給のアンバランスが生じており、すなわち混雑しています。救急医療では、まず一次救急、ダメなら二次、それでも無理なら三次へ行くことに一応なっています。しかし、日本ではどの保険を持っていても行ける病院が同じなので、みんな安心を求めて三次の救命救急センターを希望する。イージーアクセスなのです。そうすると、どうしても三次救急が混雑してしまいます。これを、どうにかして改善する必要があります。

 そこで、地域医療連携室という部署があります。ここでは、救急の患者さんがやってくると、入院前から地域の病院に転院できるよう行き先を探します。退院することになってから出口を探すのでは時間がかかって滞りが生じますが、二歩三歩と先回りして段取りすることで救急入院日数を短縮できるのです。これは、ほかの病院にあまりないシステムだと思います。

――混雑しやすいところで流れを止めないようにするための知恵ですね。

有吉 そうです。さらに、救命救急センターにMPU(精神科身体合併症病棟)をつくったことも大きな意味があります。従来、精神科の疾患があるとなかなか一般病棟に転棟できず、それで救急部門のベッドが埋まってしまうという問題がありました。精神科の疾患だけの救急は別の病院がありますので、こちらで受け入れるのは身体合併症の患者さんです。精神疾患がある方の虫垂炎とか、あるいは飛び降りやリストカットといったケースもあります。そういった患者さんは、どうしても在院日数が長くなりがちなのです。こういった取り組みも、全国的に珍しいでしょう。

また、第二救急病棟として少し軽い方がオブザベーション目的で入院できるベッドが8床あります。こちらは早い転院、転棟が可能な患者さん用です。もともとの救急病棟として32床、第二救急が8床、ICUなどが14床、MPUが8床で、現在は合計62床となっています。

――こちらも、滞りがちな部分などを別ルートにするということですね。

有吉 もっとも、キレイごとだけではありません。精神病棟があると、「総合入院体制加算1」をつけることができるのです。また、MPUの在院日数は別の病棟としてカウントするルールになっているので、こちら側の数字が良くなるという仕組みもあります。一方、救急部門から他部門へ送るまでの待ち時間が長いと、回転が滞って収益を含む病院経営に悪影響があるという論文がアメリカで出ています。

 病床数を増やしてきたことで、ナースの人数も多くなりました。ナースは外来ではなくベッドにつくのです。現在、救急部門のナースは181人です。これだけの人数は、なかなかないでしょう。

 ◆若い医師にとって魅力的な環境

――ただ、ますます救急の先生方が大変になってしまうのではないですか

有吉 そうならないようにするのが私の役割です。現在、救急部門として24人の医師がいますが、ERの三交代に入る医師とICUなどで入院患者を診る医師は完全にローテーションを分けています。ERの医師は当直が終わったらきっちり帰宅しますので、彼らが病棟に行くことはありません。「ブラック病院ではないのか」という批判の声は、こうした仕組みをご存知ないから出てくるのでしょう。

 このように、ERと病棟をローテーションで両方やっているところが、むしろ若い医師たちにとっては魅力なようです。救急の現場ばかりでなく、サブ・スペシャリティとしてICUも診るというのは、意味があることです。救急の若い人材を集めるのに苦労している病院は多いのですが、幸い当院は全国から来てくれます。

――環境を良くすることで人が集まり、それがまた改善につながるというサイクルですね。次のアイデアはあるのですか。

有吉 救急部門に総合診療医の研修プログラムをつくりたいと考えています。総合診療医として高齢者の在宅医療などを行うにあたり、どうしても必要なのが救急のスキル。それも、重症度を見極めて専門医に送るというERの知識です。当院には総合内科があるので、そちらと救急部門とで研修して総合診療医になるというプログラムをつくったら、若い人材が興味を持つのではないかと思っています。

◆地域全体で取り組む救急医療

――厚労省の評価では、地域連携や災害対策の項目も高得点を得ていますね。

有吉 とりわけ地域連携は非常に大切な要素です。私たちの救急医療は神戸市医師会や神戸市第二次救急病院協議会が役割を全うしてくれるからこそ可能なのです。こちらのお願いを二次救急が聞いてくれるから私たちは患者さんを受けることができるし、その逆もまた同じです。救急医療は地域全体で取り組むことが極めて重要です。

 ただ、この得点は医療の水準ではなく、システムが整備できているかどうかの評価です。厚労省がランキングを出しているわけではありませんので、誤解を招かないようにしなければなりません。

――有吉先生ご自身は、最初から救急医療の道を目指していたのですか。

有吉 私は最初、沖縄県立中部病院で外科をやって、1993年に救急の専攻医として当院へ来ました。当時は外科も掛け持ちしていたので、当直をやってから手術をすることもあり、大変しんどかったのを覚えています。ですから、専門医が救急の患者さんを敬遠しがちになる気持ちは、よく分かるのです。そういう意味では、外科をやっていて良かったと思います。誰でも自分の診ている患者さんを救うのが第一ですから、救急で受け入れた患者さんは別枠に

してほしいと感じるものです。

当時はまだ近畿地方でERをやっているところはなく、当院が初めてだったのではないでしょうか。振り返ると、外科と救急は似ているところがあるのかもしれません。その場で決断しないといけない、即決を迫られるというのが、自分に向いているのではないかと思います。

――最後に、医療の道を志す若者たちへのメッセージをお願いします。

有吉 先ほど述べたように、全員が救急医になる必要はありません。むしろ救急医療に協力的な専門医になってほしいと思います。手術などで根本的な治療を行う専門医は絶対に必要です。救急部門だけで医療が完結することはほとんどなく、専門医の手を経て、リハビリなどもやって、患者さんが元気になるわけですから。

 

 

 

 【有吉孝一(ありよし・こういち)先生 ご略歴】

医学博士(神戸大学)。1991年、福岡大学医学部卒業。沖縄県立中部病院の外科レジデントを経て93年、神戸市立中央市民病院(当時)にて救命救急センター専攻医。佐賀大学医学部准教授、同附属病院救命救急センター長などを歴任し、2010年から神戸市立医療センター中央市民病院救命救急センター救急部長、13年から同センター長。京都大学臨床教授や日本救急医学会の救急科専門医、指導医、評議員なども務める。平成28年度の神戸市救急防災功労者表彰を受けた。