わざを鍛える「鍛金(タンキン)」
我が国には、世界に卓絶する工芸の伝統があります。伝統は生きて流れているもので、永遠に変わらない本質を持ちながら、一瞬も留まることのないないのが本来の姿です。伝統工芸は、単に古いものを模倣し、従来の技法を墨守することではありません。伝統こそ工芸の基礎になるもので、これをしっかりと把握し、父祖から受け継いだ優れた技術を一層練磨するとともに、今日の性格に即した新しいものを築き上げることが大切です。
公益社団法人日本工芸会(総裁 秋篠宮家長女眞子さま)は、重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)を中心に伝統工芸作家、技術者等で組織する団体です。全国9支部(東日本・東海・富山・石川・近畿・中国・山口・四国・西部)あります。又、伝統工芸の専門分野別の組織として、陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸の7部門に分け、伝統工芸技術の発展と向上のために活動しています。昭和25年、文化財保護法が施行され、芸術性の高い工芸技術を、国として保護育成されており、日本伝統工芸展は、昭和29年から毎年全国各地で開催されています。
今回、第65回日本工芸会展の特別展示(文化財保存事業報告)「わざを伝える」は、『鍛金』です。
第65回日本工芸会展 金工部門の展示
下段左:総裁賞作品 前田宏智氏「四分一象嵌打出銀器(シブイチゾウガンウチダシギンキ)」
下段右:新人賞作品山崎誠一氏「蝋型吹分鉢(ロウガタフキワケバチ)」
「金属工芸には、鍛金・鋳金・彫金の3部門があり、『鍛金(手絞り)』は、一枚の金属板から、形作っていくもので、絞り技法、打ち出し技法、鍛造技法の三種類があります。
今回の第65回日本工芸会総裁賞を受賞した作品は、前田宏智氏の「四分一象嵌打出銀器(シブイチゾウガンウチダシギンキ)」です。この作品は、金属工芸・鍛金(タンキン)の絞り技法によって模様を入れられています。器になってから模様を入れたのではなく、最初の平板の状態の時に模様を入れておき、絞り込むことによって出来上がっていく模様です。そのことが高く評価され総裁賞を受賞したものです。これは、絞り技法でなくてはできない模様で、今回の作品は、銀と銅の配合比を変えることにより独自の繊細で緻密な模様が生み出されています。
よく似た金属工芸の文様に、「杢目金(モクメガネ)」がありますが、最初の平板の状態の時に異なる種類の金属を複数層重ね合わせ、熱で溶着したのち削り出すことによって木目のような文様を浮かび上がらせまる日本発祥の金属工芸の一つです。漆芸にもある「堆朱(ツイシュ)」という装飾技法と似たものです。
新人賞には、同じ金属工芸の鋳金の吹分技法を用いた作品、山崎誠一氏の「蝋型吹分鉢(ロウガタフキワケバチ)」が受賞しています。奨励賞でも、高橋阿子さんの「蝋型鋳銅花器(ロウガタチュウドウカキウドウカキ)」が受賞しました。金工になじみのない方にももっと知っていただければと思います。難しいと思われがちな金工ですが、日本工芸会でも「金工部会展」とは別に「21+」という分野を設け、新しい人に門戸を開いています。高校生からの応募もあります。
ただ、金工だけでなく、伝統工芸は守っていくのには、職人の力だけでは難しくなっています。これからも存続させていく努力を続けていかなければなりません。皆様にももっと関心を持っていただければと思います。」
日本工芸会正会員・大阪府指定無形文化財保持者 鍛金工芸家 三好正豊氏
大阪府の金属工芸
鍛金のわざー熱間鍛造の研究
「サハリに挑む」
高錫青銅器はわが国では『サハリ』と呼ばれ、鋳物の材料として用いられ、お茶事の銅鑼に代表的されますが、仏具の「おりん」や、茶の湯の「建水」、花器にも用いられています。
東南アジアでは、音の響きが良いので、インドネシアのガムラン・ミャンマーの銅鑼などの打楽器に用いられます。
サハリの成分は銅に2割程度の錫を混ぜた合金で、鋳造も鍛造も極めて難しく、とくに鍛造では固くて割れてしまいます。サハリの熱間鍛造は限られた温度範囲と時間的制約があるので、我が国では、サハリの鍛金は、行われていませんでした。
三好正豊氏は、2001年、文化庁派遣芸術家在外研修制度でミャンマーに赴き【熱間鍛造】を学んでこられました。現在、大阪芸術大学で客員教授として後輩の指導に当たっておられます。まだまだ、研究の途中ということですが、この成果は平成24年度、25年度の大阪府教育委員会文化財保護課が実施した「文化遺産を生かした地域活性化事業」の一環として発揮されました。
2年間にわたり、三好教授をはじめとし、同じ鍛金作家の植田参稔氏(京都府無形文化財保持者)、前出の山崎誠一氏、金屋五郎三郎氏などのお仲間とサハリの熱間鍛造に挑まれ、大阪府の金属工芸「鍛金のわざ―熱間鍛造の研究「サハリに挑むⅠ・Ⅱ」として発刊されています。