てんかん発作の予防

てんかん発作を心拍データから事前に検知/ウェアラブル端末と機械学習を駆使したシステム

 

藤原幸一助教(京都大学大学院情報学研究科)

 

 突発的に意識を失ったり全身がけいれんしたりする「てんかん」。発症率は100人に1~2人と決して珍しい病気ではなく、患者さんは全国に約100万人といわれています。その発作を事前に検知することで患者さんたちの生活を改善しようという取り組みを、京都大学大学院情報学研究科の藤原幸一助教らによる研究チームが進めています。患者さんが身に着けるウェアラブル端末で計測した心拍データを常時監視するアルゴリズムにより、少なくとも発作が起こる1分前に検知できるといいます。日本医療研究開発機構(AMED)のプログラムとして技術開発を進めており、医療機器としての実用化へ向けて5年後までに治験を始めたいとのことです。

 

◆発作が起こる1分前にキャッチ

 藤原助教によると、てんかんは脳内の神経細胞に異常な電気信号が生じることで起こるといわれており、その電気信号が自律神経を通じて心臓にも微妙な影響を及ぼすため、心拍データを精密に分析することで発作の予兆を捉えることができるといいます。てんかん発作を脳波から予測するという研究は従来からありますが、患者さんの脳波を日常的に計測しておくのは難しいことが課題となっていました。

 約7割の症例では抗てんかん薬を適切に服用することでかなり発作を抑えることができますが、薬の効きにくい難治性てんかんの患者さんにとって突然の発作は大きな負担になっています。

 研究チームは平成26年度から臨床研究をスタートしており、東京医科歯科大学の宮島美穂医師らの協力で患者さんの心拍データを収集。それらをもとに、藤原助教らが機械学習の技術を活用してアルゴリズムを構築しました。工場の生産ラインなどで異常を検出するのに用いられる「多変量統計的プロセス管理」という手法を応用し、心拍の強さやリズムなど8つの指標の相関をモニタリングすることで、てんかんの発作が起こる1分前までに予測できるとのことです。さらに、その後の研究では健常者の心拍データからでも同様のアルゴリズムを構築できることが分かっており、さらなる精度の向上が期待されています。

 患者さんに着用してもらう肌着タイプのウェアラブル端末は、医用工学を研究する山川俊貴・熊本大学助教の指導で、繊維メーカー「ミツフジ」(京都府精華町)が開発しました。銀メッキした繊維が電極として胸の部分に編み込まれており、計測した心拍データをワイヤレス通信でスマートフォンなどに転送。アルゴリズムを組み込んだアプリがリアルタイムで解析し、発作の予兆を検出するとアラームを鳴らすという仕組みになっています。身に着けた感覚は一般的な肌着とかわらず、100回以上洗濯しても大丈夫だそうです。

 藤原助教は、「患者さんが走ったりしても心拍は変化するので、それらと発作の予兆とを区別できるように気をつけてアルゴリズムを構築しました」と説明。誤作動は患者さんへの影響が大きいので、それをいかに減らすかが現在の課題です。平成29年度にはAMEDの「先端計測分析技術・機器開発プログラム」のひとつに採択され、昨年11月に京都で開催された「日本てんかん学会」で試作システムの実演が行われました。今後さらに多くの病院から患者さんのデータを提供してもらい、システムの精度を向上させる予定といいます。

 これらの研究は学術的にも高く評価されています。医用工学のトップジャーナルである「IEEE Transactions on Biomedical Engineering」に注目すべき論文として掲載されたほか、サイエンス系ジャーナルの「Science Translational Medicine」でも紹介されました。平成29年には市村学術賞功績賞を受賞しています。

 また、藤原助教らはシステムの実用化に向けてベンチャー企業を設立。市販のスマートフォンやタブレット端末を利用でき、それ以外のウェアラブル端末やデータ転送装置などが1万数千円ほど、アプリ使用料は月間1000~2000円程度の価格が想定されるとのことです。

 

◆患者さんの生活を大きく改善

 てんかんをめぐっては、自動車を運転していた患者さんの発作が原因とみられる交通事故が後を絶たず、社会問題となっています。平成24年4月には、京都・祇園でてんかんの持病を持った男性が運転していた軽ワゴン車が暴走し、運転者を含めて8人が死亡する事故がありました。

 その後の法改正で、運転免許の取得時に病状を申告することが義務づけられ、てんかんなどの影響で事故を起こした場合の罰則が強化されました。こうした動きに対し、患者団体などから「特定の病気を理由に罰則を重くするのはおかしい」「一部の患者が起こした事故で偏見や差別が助長されている」といった声も出ています。

 交通事故に限らず、発作が怪我や火災などにつながることもあります。藤原助教は、「難治性てんかんの患者さんは、いつ起こるか分からない発作の不安を常に抱えて暮らしています。発作を事前に検知できれば、作業をやめて休息したり薬を飲んだりすることが可能で、患者さんや介護者の方々の負担を軽減できるのではないでしょうか」としたうえで、「事故防止だけでなく、就労機会の拡大にもつながります。実用化へ向け、ぜひ多くの先生方にご協力いただければ幸いです」と話しています。

自動車の運転はリスクが大きく実現にはハードルがありそうですが、発作を予測できれば患者さんの生活を大きく改善できる可能性があります。臨床研究に参加した患者さんや家族などからは、「非常にありがたい」「早く実用化してほしい」との声が寄せられているそうです。

 藤原助教によると、心拍の変動はさまざまな病気の発作や身体の作用に関連しており、そのデータを解析することでいろいろな応用が可能だといいます。

そのひとつとして、藤原助教らは人間が眠りに落ちる瞬間を事前に検知するシステムを開発しました。夜行バスや大型トラックなど長距離ドライバーの居眠り防止に役立つことが期待されており、民間企業で製品化に向けた研究開発が進められています。てんかん発作の予測と同じく、センサー機能を備えたウェアラブル端末で心拍データを収集し、スマートフォンなどに組み込んだアルゴリズムで常時監視するシステム。睡眠に関係する自律神経の働きが心拍にも影響することから、眠りに落ちる30秒前には予兆を検知してアラームを鳴らすことができるといい、居眠り運転による交通事故を減らすことできそうです。

このほか、藤原助教らは心拍データから急性期の脳卒中を検知するシステムの開発にも取り組んでおり、現在はマウス実験など基礎的な研究を進めています。

◆医療とITが融合する時代へ

ちなみに、「ビッグデータ」が注目されることの多い昨今ですが、これらの研究で用いられる疾患データは数十~百人単位で、むしろ「スモールデータ」といえます。インターネットなど情報の海から大量に入手できるデータではなく、信頼できる医療機関から患者さんの同意を得て提供を受けなければ取得できないからです。また、そのデータを疾患と関連づけて理解することは知識と経験を持つ専門家でなければできません。そのため、藤原助教らの研究チームには多くの医師が参画しており、医療とITの融合を可能にしています。

 近年、医療の世界でもデジタル技術が大きく活用されるようになってきました。ウェアラブル端末や機械学習、生体情報のデータ解析などは、その最前線です。そうした研究が多くの患者さんに役立つ時代がやってくるのではないでしょうか。

 

 【藤原幸一助教の経歴】

2006年、京都大学大学院工学研究科化学工学専攻を修了後、トヨタ自動車や豪Curtin University客員研究員、NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究員などを経て、2012年から京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教。博士(工学)。平成29年、「心拍変動解析に基づいたてんかんアラームの開発」で第49回市村学術賞功績賞を受賞。滋賀医科大学客員助教、東京大学客員研究員も務める。