未来への投資としての
芸術・文化支援
市民が主体となって関西のアートや文化の創出と発展をサポートし、またそれを担う人々の育成と活躍の場づくりを目指す「アーツサポート関西」(Arts Support Kansai 通称ASK)は、100%民間の取り組みとして2014年4月に発足しました。その設立の経緯やねらい、活動の現状や今後について、ASKの代表発起人のお一人で、ASK運営委員会の委員長でもある、サントリーホールディングス株式会社 代表取締役副会長の鳥井信吾氏にお話をうかがいました。
鳥井信吾
サントリーホールディングス株式会社 代表取締役副会長
アーツサポート関西 運営委員
―― 「アーツサポート関西」の設立の経緯についてお聞かせください。
2012年に、当時私が委員長をつとめていた関西経済同友会「歴史・文化振興委員会」で英国の文化振興において大きな成果を上げてきたアーツカウンシルに着目し、大阪の魅力や活力を取り戻すためには、文化や芸術の力を活用することが有効と考え、大阪にもアーツカウンシル的な組織を創るべきであるといった提言を行いました。
アーツカウンシルは、もともと経済学者のケインズが第二次世界大戦後に提唱したもので、彼は、芸術がナチス・ドイツによって政治的なプロパガンダに利用されたことを憂慮し、本来、芸術は政治と一定の距離を保つべきものと考え、専門家からなる独立した組織に文化に関わる政策や運用を委ねる仕組みをつくりました。英国では、現在、映画をはじめ、現代アート、ファッション、デザイン、建築など、まさに文化が国を代表する一大産業となっていますが、その立役者がアーツカウンシルであると言って過言ではありません。
アーツサポート関西(通称ASK)は、この提言にもとづき、寄付を集めて関西の芸術・文化を戦略的に支援する取り組みとして、2014年4月、公益財団法人 関西・大阪21世紀協会内に事務局を置いて発足しました。
―― なぜ芸術や文化への支援が必要なのでしょうか?
社会の繁栄は、経済活動と文化的な活動とがバランスよく発展することで可能になります。このことは過去の歴史を振り返れば明らかです。「文化と経済は車の両輪」であり優れた文化が育たない都市には、決して経済的な繁栄はありません。かつて日本でも、経済発展が著しい時代には、松下幸之助さんや小林一三さんといった、文化を大切にした経営者のもとで、独創的な製品や仕組みが生まれました。しかしバブル崩壊後の厳しい経済環境の中で、人々の文化への意識が希薄になってしまったように思います。グローバル化が進む中、知識や技術に加えて、文化や教養、そして独創性を生み出す感性も備えていなければ日本は国際競争に勝つことができないでしょう。言いかえれば、日本の経済を弱めている要因の一つが、文化や芸術を敬遠してきたことにあるように思います。
――― アップルのスティーブ・ジョブズなどは、創造的な感性によって世界をあっと言わせるような製品を次々と生み出しました。
彼が言った「Stay hungry, Stay foolish」という言葉があります。「満足するな、バカをやろう」といった意味になると思いますが、ジョブズは人生でいろいろ回り道をしたけれど「無駄なことは何一つなかった」とも言っています。彼のものづくりは、デザインと機能性を融合させるプロデューサー的な役割が大きかったと思いますが、アートやデザインなどの芸術的な要素をあえて取り込み、生きる楽しさを追求して生まれたものが、マッキントッシュコンピューターやiPhoneでした。しかし、近年日本では、回り道を許さない最短距離が求められます。今こそ芸術や文化といった、ある意味回り道のような思考が必要だと思います。
アーツサポート関西(通称ASK)は、この提言にもとづき、寄付を集めて関西の芸術・文化を戦略的に支援する取り組みとして、2014年4月、公益財団法人 関西・大阪21世紀協会内に事務局を置いて発足しました。
―― アーツサポート関西は、寄付を集めて関西の芸術文化を支援する仕組みということですが、寄付だけで運営してくのはなかなか大変ではないでしょうか?
寄付を集めるのは並大抵ではありません。しかしその一方でメリットもあります。通常、私たちは鑑賞者としてコンサートに行き音楽を聴いたり、美術館で展覧会を見たりしますが、ASKへの寄付というアクションを起すことによって、芸術家との間に鑑賞者を超えたつながりが生まれます。そうした関係性に注目し、寄付を行う支援者と、支援を受ける芸術家との間で積極的に交流していただく交流プログラムを実施しています。こうした交流を通して芸術家たちを身近に感じるようになり、芸術や文化がもつ意味合いがより一層深まっていくのではないでしょうか。そして、そこから優れた次世代の鑑賞者が育っていくことも期待しています。
―― 「アーツサポート関西」は始動から4年目となりましたが、市民からの協力や反響はいかがでしょう?
おかげさまで、これまでにいただいた寄付は累計で約9,200万円に上り、これは当初の想定を上回る額です。ASKがスタートした2014年にはファンドレイジングパーティを開き多くの寄付を集めたのをはじめ、ASKサポーターズクラブの会費収入や、関西経済同友会様からお寄せいただく運営費支援など、多くの方々に支えられながら活動しています。やはりみなさん芸術や文化の大切さは良くわかっていらっしゃいます。そのお気持ちを形にしてつないでいくことが、ASKの役目であると思います。
―― 寄付の事例としては具体的にどのようなものがありますか?
今、ふるさと納税が注目されていますが、ASKの場合、個別基金(ファンド)といって、支援したい分野や団体を選定できるオーダーメイドの寄付が可能です。これまでこのファンド枠でいただいた寄付の中には上方落語の若手噺家を支援したいという希望が添えられた寄付があり、その寄付をきっかけに上方落語協会の桂文枝師匠が中心となって「上方落語若手噺家グランプリ」が生まれました。毎年4月~6月にかけて天満天神繁昌亭で予選と決勝戦を行っています。当初若手噺家だけでお客さんが来るのかと危惧する声もありましたが、フタをあければ大盛況で、今年の決勝戦のチケットは1時間で完売しました。このグランプリは関西の若手噺家たちの間にすっかり浸透し、いまや彼らの登竜門的な存在となっていて、私たちもその波及効果の大きさに驚いています。
―― ASKが支援しているアーティストや団体の反応はいかがでしょう?
ファンド型の支援とは別に、一般公募による助成も行っており、未来の文化をになう20代~30代の若い世代を重点的に毎年20~30件ほど支援しています。特に今、大阪から優秀なアーティストが東京などへどんどん流出しており、大阪を離れずにがんばっているアーティストを積極的に応援しています。助成額はさほど高額ではありませんが、みなさんにとても喜んでいただいています。彼らは大学を出ても芸術家としては食べていけず、ほとんどの方が別に仕事を持ち、そのお金をつぎ込んで活動を続けています。また、支援者と交流するプログラムにも、とても積極的にご協力いただいています。逆に、彼らの方がより熱心に寄付者たちと接点を持ちたがっているように感じます。経済界の会合や、企業などへどんどん出向いてもらって、ASKのアンバサダーとして活躍してほしいと思います。
―― 関西はフィランソロピーの豊富な土壌があり、それが文化の厚みを形成することにもつながっています。こうした歴史的な水脈を維持することが「アーツサポート関西」の目指すものと思いますが、今後の展望などをお聞かせください。
そうした関西の企業に流れる文化支援の伝統に再び光が当てられ、寄付文化の醸成につながることを大いに期待します。先ほどのスティーブ・ジョブズの話のように、芸術や文化によってもたらされる創造性や感性が、これからの日本の物づくりにおいて欠かすことができない要素であると思います。芸術や文化への支援は、未来への投資として考え、にしっかりと目を向けていく必要があるのではないでしょうか。
ASKは、これまで次世代の若い芸術家たちを重点的に支援してきましたが、今後もその方向性は変わらないと思います。また支援ばかりでなく、支援先の活動評価にも力をいれています。国内で行われる活動にはすべて事務局スタッフが足を運び実際に見ます。決して一方通行的にお金を渡すだけの「やりっぱなし」にはせず、”Face to Face”でアーティストたちから話を聴き、それをASKの活動にフィードバックしています。そうした取り組みを続けていくことで、芸術や文化がなぜ社会や人々にとって必要なのかという意味が、より深く広く浸透していくのだと思います。
ただ、年度によって寄付の集まり具合にもバラつきがあり、今後、持続的に寄付が集まる仕組みを構築していくことが必要で、そのためにもASKの活動をより多くの方に知ってもらい、参加してもらうことが大事だと考えています。
鳥井信吾
1953年生まれ、甲南大学理学部卒業。南カリフォルニア大学大学院修士修了。伊藤忠商事株式会社を経て1983年サントリー株式会社入社。取締役生産企画部長、代表取締役専務取締役SCM本部長、代表取締役副社長を経て、代表取締役副会長。マスターブレンダー。
サントリーホールディングス株式会社 代表取締役副会長
アーツサポート関西 運営委員長
公益財団法人サントリー文化財団 理事長
関西経済同友会では、2012年より2年間代表幹事を務め、アーツサポート関西設立に関わる。