セルフメディケーション

 

健康寿命の延伸に向けた

 

セルフメディケーションの推進

 

平成29年2月、国の「健康・医療戦略」の一部に、健康か病気かという二分論ではなく、健康と病気を連続的に捉える「未病」という発想が重要になると明文化されました。高齢社会に突入した今、これからのセルフメディケーションのあり方について、住友病院 松澤院長と、森下仁丹株式会社 駒村社長のお二人にご意見を伺いました。

 

 

健康長寿に欠かせない「予防医学」

 

――― 予防医学の推進について、お二人はどのようにお考えでしょうか。

 

松澤: 私は紀元前500年頃、中国春秋時代末期にいた名医「扁鵲(へんじゃく)」の話が頭に浮かびます。扁鵲には兄が二人いて三兄弟で医者をしており、魏の文王(僧侶)が、三人のうちで誰がいちばんの名医かと尋ねたところ、扁鵲は長男が一番で、次男がその次、自分がいちばん劣ると答えました。扁鵲は毒を使って病気を治したり、手術を行ったり、病気の重くなった人を当時の先端医療で治癒を行っていました。次男は地域医療に力を入れて病気を軽いうちに(風邪など)治していたので信頼され、名声や富もほどほどに手にしていました。そして、長男は予防医学を実践。さまざまな場所に出向き、病気にならないよう行く先々で説法をして廻っていたそうです。健康な人が、病気にかからないままの状態でいることは凄いことなのですが、有り難みを感じにくいのです。そのため長男は名声も得られず貧乏なまま一生を終えたそうです。このように健康長寿というのは、実は医学としてはあまり感謝されにくいのですが、積極的に取り組む必要があります。病院の数が少ない長野県が長寿日本一になっているように、今後の医療は予防医学が重要になりますね。

 

駒村: 当社の仁丹は、元々16種の生薬からできた予防医薬品の位置付けとなります。明治の終わり頃、人々がちょっとした病気で簡単に亡くなっていたのを見た創業者が、何とかできないかと当時の優秀な学者たちと一緒に研究し、生まれたのが、携帯できる予防薬・仁丹だったというわけです。原料は精選し、儲け主義ではなく社会への貢献性がないといけないとか、創業者の精神がずっと受け継がれています。

 

松澤: 知名度がある常備薬のようなものでしたね。当時でしたら、腸管感染症とかの感染症も多かったでしょう。

 

駒村 今で言う家庭医薬品の発祥みたいなものですね。できるだけ病気にならないように、発症を遅らせる。健康寿命を長く保つことが目的だったんですね。当社はワクチンなども取り扱っています。病気を予防できるものを提供していこうという精神が基本にあります。

 

松澤:扁鵲の長兄の精神と同じですね。私自身、大学で先端医療分野の開発にも関わってきましたが、基本的には「生活習慣病」対策が専門です。住友病院はドックのような検診~連続的に治療対策・指導を行っていますが、生活習慣病への取り組みは、予防医学からの発想ですね。

 

 

 

誰もがわかる指標、エビデンスが最重要

 

―――やはり生活習慣病と言えば、メタボ対策になるのでしょうか?

 

松澤:そうですね。生活習慣病の大敵は「肥満」です。アメリカと日本では人々の肥満度の違いが大きく、アメリカ流では日本のマイルド肥満など深刻ではないと捉えられています。しかし、私の研究では日本人特有の“小太り”の肥満の中に、病気になりやすい人・なりにくい人がいることがわかり、日本の方が肥満研究では進んでいます。肥満の問題は、内臓脂肪(腹腔内で腸の周りにつく脂肪)蓄積が要因で、糖尿病・高血圧・中性脂肪やコレステロールの上昇など複数の悪症状が起こりやすい―――それが“メタボリックシンドローム”という病態です。しかし、それでも生活習慣病対策は、薬ではなく生活習慣の指導で一網打尽にできる、非常に効率のいい予防医学なのです。この発想から、当院では2005年に専門の疾患外来を設けています。

 

駒村:先生方が考えておられる「未病」の概念とは、どのようなものですか?

 

松澤:全く病気の予兆のない人を未病とするのではなく、ちょっと気になる傾向があり、注意しないと将来疾患のリスクが高くなるからケアを行う、という状況が未病です。現在健康な人の健康を維持しようとするのは効率的ではありません。例えば、未病の人とそうでない人が、同じ健康食品(機能性表示食品を含む)を摂取しても、バイオマーカー(生体的な反応による指標)がない場合は、効果を確認しにくいのです。今後の課題は、本当にその成分や健康効果が必要な人を、どう見つけていくかではないでしょうか。健康にいい、という明確なエビデンスを打ち出せるものが増えてほしいですね。私が生活習慣病対策の必要性を感じるのは、医療の中で患者さんを薬漬けにしないで済むからです。血圧が高い、脂質が多い、とそのつど薬を出すのではなく、原因が内蔵脂肪なら、食事内容を改善して運動をする、ダイエットをする、と生活習慣の改善で減らせば薬を減らすことができます。私が目指す医療とはそういうもので、予防医学の方向性になるかと思います。

 

駒村: おっしゃる通りですね。アメリカは薬の代わりに安いビタミン剤をどんどん摂りましょうというやり方です。それで病気の発症率も下がってはいますが、そのやり方をそのまま日本には持ち込めない。日本で求められるのは製造規準が厳しく、品質水準も高い。機能表示にも制限がありますから、本当にエビデンスのしっかりしたものでなければ認められません。 

 

 

松澤:アメリカはFDA(アメリカ食品医薬品局)が関与して代替サプリメントを認めていますが、それは多くのアメリカ人が医療で高価な薬を使えないから、限りなく薬に近いものとしてサプリメントを使っているためです。アメリカの医療の本質の問題ですね。日本は全国民が普通の医療を平等に受けられる社会ですから、その中で健康食品を訴求していく場合は、その位置付けも含めしっかり考えていく必要があると思います。

 

 

 

―――薬の効果を打ち出す際には、どの程度のエビデンスが必要ですか?

 

松澤:治療薬の効果を出す場合、約1万~2万人のデータが必要です。健康食品の場合は、かなり説得力のある切り口でエビデンスを出すことが必要です。高いハードルだと思いますが、そこは検証してほしいですね。

 

駒村:単なる産地依存の形になっていないかなどもチェックもされますからね。できるだけ判断しやすい指標を見つけて、その数値の上下で判断できる信頼性の高いデータを出すことで、説得力のある健康食品を開発していきたいと思います。

 

松澤:最近の研究の中で重要物質として注目しているのが、脂肪細胞から分泌される「アディポネクチン」という善玉の生理活性物質です。糖尿病や高血圧、動脈硬化、がんなどを抑制するホルモンのような物質で、血管を保護して心筋梗塞などを起こりにくくするため、長寿には欠かせないものです。生まれつきこの物質が多い人・少ない人がいて、健康長寿の重要なカギとなるため、当院では数年前からドック検査の必須項目としています。実は、この物質は運動や食品によって、体内で増やすことが可能。つまり数値を上げる効果が期待できるので、バイオマーカーになります。例えば、この「アディポネクチン」のように、コレステロールに匹敵するぐらいの“世界的な発見”物質を取り入れた健康食品が開発できれば、エビデンスが出しやすいと思います。そういうバイオマーカーを持つ強力な健康食品が、予防医学の面からもどんどん出てきてくれることを期待しています。

 

 

 

緩やかで、確実なアプローチに期待 

 

―――現在、森下仁丹の医薬品・健康食品の商品比率はどのくらいですか?

 

駒村:医薬品1、健康食品3の割合です。それ以外にも特許取得のカプセル事業があり、液体・粉末・微生物などさまざまな物質をシームレスカプセルで包み、腸まで運んで溶けるといったドラッグデリバリーシステムを確立していますので、機能性表示食品とともに新たな医薬品開発に活かしていきたいと考えています。私たちの意識としては、臨床医の方々からの情報をもとに、こんな生活改善の助けができればいいな、という商品やサービスを開発して支援できればと考えています。現在、他企業と共同でインドや東南アジアに分布する植物「サラシア」の根の機能性研究を続けており、商品化しています。いわゆるアーユルヴェーダ(民間療法)の一つですが、糖質分解酵素α-グルコシダーゼの作用を抑え、炭水化物の分解を抑制することで、食後の血糖値上昇を抑えることが科学的に実証されており、非常にクリアなエビデンスがあります。

 

松澤:副作用も検討し、日常的に摂取できる食品として研究・開発されるのは、とても有用なことです。今後、機能性表示食品の地位向上のために医者の立場から言わせていただくと、エビデンスはもちろんないといけませんが、現在未病の方の「将来的なリスクに働きかけていける、緩やかだけど確実なアプローチ」をぜひ期待したいですね。

 

駒村:ええ、私たちも未病のような境界域にいる方々に必要とされるものを、もっと開発していきたいと思っています。

 

松澤: 内臓脂肪が減れば病気のリスクも減る、というメタボ対策が成功しつつあるのは、やれば効果がある、メリットがあるということを、その対策が必要な人々が実感できたからこそだと思います。以前の日本の健康対策は、全員が健康の目安となる同じ数値を目指すというようなもので、根拠も実感も意識できていませんでした。今は積極的に根拠を提示し、対処すれば、それぞれの人に効果があるというものでなくてはいけません。その対処法は薬だけではなく、運動・睡眠や食事だったり、これからは機能性表示食品だったりするのかもしれません。まさにセルフメディケーションの発想ですね。

 

 

 

これからも、未病の人に役立つものを

 

―――今後、どのような形でセルフメディケーションを推進していきますか?

 

駒村:当社としては、現在の店頭薬に加え、伝統薬も今後ラインナップしたいという構想があります。創業からの強みである漢方薬・生薬研究をさらに推し進め、より人々のニーズに合う効能を提供していければと考えています。私たちが考える健康長寿のためのセルフメディケーションは、まず機能性表示食品を試してもらい、次のステップで体質改善の可能性がある伝統薬へ。次のステップが必要な方はOTCにスイッチし、その次に医療機関の力を借りるというサイクルが考えられるのでは、と。また、流通面からは地域の小さな診療所・クリニック向けに卸問屋を通さないインターネット通販で、低コスト・迅速なお届けを可能にするお手軽な直販サイトを立ち上げました。病院側の手間を最小化し、また患者様のニーズに応える品揃えでお手伝いできればという理由からです。

 

松澤:今後も、地元のかかりつけ医である診療所やクリニックの先生方と連携が図れるよう、年に数回はセミナーを開いての交流を継続していきます。また、医療は今後も医薬分業が定着していくと思うので、患者さんと多く接する街の調剤薬局やドラッグストアの薬剤師さんたちには、薬の解説や接し方など、患者様側から見たメリットのあるものになっているか考えてもらいたいと思います。医師同様、薬局もプロとしての薬剤指導をきっちりやっていくべきでしょう。

 

駒村:私は臨床医の方々に、サプリメントや健康食品のことをもっと知っていただきたいと思っています。機能性表示食品などは本当に日進月歩で、「乳酸菌」関連など、薬ではなくても予防医学的に見て生活習慣の改善にとても役に立つものが出ていますので、より関心を持っていただくことで、いつかお役に立てることもあるのではと考えています。また、先生方からこんなものは作れないか、とご相談や情報をいただける関係性が築けたら嬉しいです。

 

松澤: そうですね、「乳酸菌」などはとても良いと思います。菌によって腸内フローラが変わることが、科学的にも解っているので腸内環境を整えるのには良いだろうと個人的には思います。ただ医療の現場で認められていくにはエビデンスをしっかり出せるという有用性と、クオリティを確かなものにしていく必要があります。「エゴマ油」も血液中の血小板を柔らかく保って長寿の秘訣の一つになっているらしい、などが研究過程で判明したりすることもあるので、健康食品や機能性表示食品が、今後、未病の人々の役に立っていくことは大いにありうると思っています。

 

 

松澤佑次院長 経歴

 

1966年 大阪大学医学部卒業。同大学医学部第二内科(現・大学院医学系研究科分子制御内科)教授、同大学医学部附属病院長を経て、2003年 住友病院長に就任。専門は内分泌代謝学、動脈硬化学。2000年 度日本医師会医学賞、2004年度武田医学賞を受賞。2015年 瑞宝中受賞を受章。「アディポネクチン」発見と「メタボリックシンドローム」の概念を提唱。全人的医療の実践を行っている。

 

駒村純一社長 経歴 

 

森下仁丹株式会社 代表取締役社長。1973年 慶応義塾大学工学部卒業。同年三菱商事株式会社入社。1996年 イタリア事業投資先の化学会社社長に就任。2003年 森下仁丹株式会社に入社。2006年より現職に。創業時から根付く社会貢献の精神で、「伝統と技術と人材力を価値にする」をビジョンとして、セルフメディケーションの推進に取り組んでいる。