京都 冷泉家の八百年
公益財団法人 冷泉家時雨亭文庫 理事長
冷泉為人 冷泉家二十五代当主
京都御苑の北、今出川通りに南面した冷泉家の住宅は、京都御所にあった公家屋敷の中で最後に残った貴重な建物として重要文化財に指定されています。御文庫(貴重なものを収める蔵)には国宝の藤原俊成自筆「古来風躰抄(こらいふうていしょう)」他、多くの貴重な典籍類(歴史的に重要な古い書物)が保存されていて、これらもまた重要文化財に指定されています。今の住宅は寛政2年(1790)の建築です。平成6年からおこなわれてきた、重要文化財指定建造物の解体修理工事も12年末に竣工し、まばゆいくらいに白く漆喰を塗り上げた築地塀の奥、見越しに頭をのぞかせる殿舎のむくり屋根は、旧態に修復されて杮葺きに改められ、甦えりました。
冷泉家は平安・鎌倉時代の歌人で『歌聖』と仰がれた藤原俊成、定家を祖とする「和歌の家」です。俊成から今日まで、800年の長きにわたり和歌の宗家としてその伝統を守り続けています。「歌がるた」としても愛好家の多い『小倉百人一首』は、藤原定家が撰者として選んだ日本最初の秀歌撰です。定家卿には、たくさんの末裔がいたのですが、長い歴史の中で、二条家と京極家は途絶えてしまいましたので、冷泉家が藤原俊成・藤原定家の血脈と古文書を守り伝えています。
明治維新まで、和歌は和の文化の中枢となるものでした。神仏にたむけるものであり、恋文であり、教養であり、遊びでもあったのです。天皇の最も重要な仕事の一つは勅撰和歌集の編纂でした。この和歌を家業として、宮廷に仕えたのが、冷泉家です。明治維新ののち、殆んどの公家が東京に居を移したのに反して、膨大な典籍類を御文庫に保存する冷泉家は、殿掌として留守居役をあずかったことにもより京都に残ります。それゆえに最後の公家屋敷として現存し続けているのです。
冷泉家伝来の文化財は、現在、冷泉家時雨亭文庫に継承保存されています。俊成自筆の『古来風躰抄』、定家筆の『古今和歌集』・『後撰和歌集』・『拾遺愚草 上下』・『明月記』などがその代表的なもので、このいずれもが国宝に指定されています。
冷泉家時雨亭文庫には、有形文化財と無形文化財があります。有形文化財には、①「和歌の家」「勅撰集集撰集の家」としての多数の歌集と歌書、②古文書類、③冷泉家住宅などがあります。無形文化財には、①冷泉家の歌道、②「和歌の家」としての年中行事があります。
これらの文化財のうち、国宝は5件(前出)、重要文化財が43件。これらを含む、千点をはるかに超えるものが国の文化財指定を受けています。これらを、守り続けて来たのは、国の宝を散逸させてはいけない、守り続けて行こうとする冷泉家の持つ「守る力」であったでしょう。
「平成5年、パリのフランス国立ギメ美術館で「みやび―宮廷文化展」を開催した前後、冷泉家住宅の平成大修理がはじまった頃であったと思いますが、『古来風躰抄』をじっくり見なおした時、これが私にとって自分を大きく変えてくれる大きな契機となったのです。身震いがして総身の毛が逆立つほどの衝撃を受けました。そしてこれを契機に、「冷泉家の蔵番」もっといえば「日本文化の蔵番」になろうと強く思いました。これが私に与えられた使命であると感じたのです。」と、冷泉兼人氏は、おっしゃいます。
平安時代からの800年の歴史の中には、それは膨大な出来事がありました。日本歴史と同じぐらいの長さです。その歴史のうなりの中で、冷泉家は粛々と日々を暮らし、有識故実という昔からの決まりごとに従い、年中行事を行い日本文化を守ってきました。冷泉流和歌の宗匠家としての年中行事は下記です。
①御文庫の参拝から始まる
1月1日の正月
②歌会始、
③3月3日の雛祭り
④5月5ひの大将人形(端午の節句)
⑤夏超の祓い、
⑥7月7日の七夕祭り
「乞巧奠(きっこうてん)」
⑦8月20日の黄門影供
(定家卿の命日)
⑧11月晦日の秋山会
(俊成卿の命日)
これらは、旧暦で行われていますが、正月だけは、新暦で行われています。毎年毎年連綿と受け継がれてきた歴史の流れなのです。
「歌の家」ということで、襖にも工夫があります。歌を詠むときに、季語に拘わらないようにと、季語に関係ない模様になっています。もちろん襖絵はありません。しいていえば、襖柄でしょうか。そのことがとても新鮮で、静謐な気持ちにさせてくれます。「歌聖」がおられる家なのです。
前出で少しふれましたが、「御文庫」というのは一般でいう「土蔵」のことですが、そこには、俊成卿と定家卿が神様としてお祀りされています。壁圧は8寸ばかり、内部を2重にした御文庫は、天明8年1月30日(1788年3月7日)2昼夜続いた「天明の大火」でも、類焼を逃れました。平成大修理の時に、その時の焼けた赤土がで出土したそうです。御所の直ぐそばで長州と薩摩・会津が銃火を交えた幕末の動乱の時も戦火を免れています。「お宝を守る拠点」として、第24代為任が、昭和56年(1981)に設立した、財団法人「冷泉家時雨亭文庫」は、冷泉家歌道とそれに伴う関連所行事などを継承保存することが趣旨で、社会に貢献することを求められます。宮廷生活の伝統文化を今に伝えるもので、この継承保存は、有形、無形の高い価値を持っているのです。その後、平成大修理を終え、平成23年4月に公益社団法人に移行しています。
冷泉家二十五代当主 冷泉為人 【略歴】
1944年、兵庫県生まれ。関西学院大学大学院文学研究科博士課程卒業。池坊短期大学学長を経て、現在同支社大学客員教授、立命館大学COE客員教授。
専門は美術史。著書多数。
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