シリーズ特別企画Vol.3 「移植医療の、昨日・今日・明日」

網膜色素上皮細胞の次は、iPS細胞によるパーキンソン治療
肝臓はまだ夢の話

■上本 伸二先生〈京都大学医学研究科外科学講座教授〈肝胆膵・移植外科分野〉
■髙橋 政代先生〈理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 
 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー〉

※50音順

世界の注目を浴びている、「iPS細胞による臨床研究の先頭を走る」高橋政代先生、肝胆膵の移植治療の第一人者の上本伸二先生。このお二人に、「移植医療の、昨日・今日・明日」のテーマでお話いただきました。

――iPS細胞による肝臓移植の展望はどうなっていますか。

上本 今はまったく夢物語、具体的な形はなにもありません。
髙橋 網膜細胞では、iPS細胞が発明されてから、6、7年で臨床に進んだので、すごく早いといわれますけども、それはES細胞で、研究をずっと進めていて短期間で成果を上げることができたからで、実際は網膜でもiPS細胞の発明から現在の臨床研究まで20年近くかかっています。どんな組織でもそんなに簡単に臨床に行くわけではありません。
しかも眼球は医療全体の中でも、新しい治療が最初に行われるところです。臓器移植でいえば角膜と腎臓がいちばん最初ですし、人工臓器でいえば、人工水晶体、人工レンズが最初に成功しています。低分子でない抗体医薬も眼科領域で最初に成功しました。同じようにESとかiPSも、網膜がいちばん最初に臨床まで行われようとしています。眼科領域は新しいことがやりやすい場で、小さい臓器で2つありますし、命に直接関わらないので、早く行われるのです。
ところが肝臓などになりますと、複雑で大きく非常に難しく、眼科でできたからといって、つぎつぎとはなかなかいないのは当然です。

――眼科領域の次にiPS細胞が応用されるのは。

髙橋 細胞の数が少なくて単一の細胞で治療できる、パーキンソン病によるiPS治療でしょう。
パーキンソンは古くから胎児の細胞で移植が行われており、効く人には効くということもわかっています。細胞治療としては、網膜よりもむしろ進んでいて、いろいろなデータがあります。網膜も胎児の細胞移植はされていますので、いままで細胞治療がされていたという意味では、網膜とパーキンソンは経験のある場所なのです。
あと血小板などが、近々、臨床にいくものとしてiPSセンターで研究されています。
肝臓は、上本先生が「まだ夢物語」っていわれましたけど、確かにまだ夢物語かもしれません。いろいろなハードルを越えないと。

今回の網膜色素上皮細胞は、一層の細胞と細胞が自分自身でつくる基底膜からなる組織で、それが機能するには、ほかの細胞はまったく不要です。体内と同じ完成した組織ができたのです。
しかし人間の体の中の、ほかの臓器に関しては、まだ組織として完成していません。細胞自身が未熟だったり、必要な細胞が足りないなど立体構造が完成していないのです。
試験皿の中では、肝臓細胞ができたとか、すい臓細胞ができたとよく発表されるのですが、それはヒトでは胎児のすい臓細胞ができたとかいうレベルだったり、大人の臓器の機能を持たせる段階にはきていません。
また、「立体ができた」ともいわれますが、血管が入り込んでなかったり、生体内の組織とはちがう状態です。
網膜色素上皮細胞の移植は、他の組織の移植にくらべると、異なる段階に入っています。組織は完成していて大量生産するにはどうすれば良いのか、どういう剤型がいいかとかという段階に入っている特殊な細胞です。
ほかの細胞はまだまだ。同じ眼科領域でも視細胞もやはりまだ未完成です。

――網膜色素上皮細胞だけが飛び抜けたステージに行っているのですね。

髙橋 そうです、飛び抜けています。非常に特殊な細胞で私もそれをターゲットに「この細胞だったら早いだろう」と思って研究を続けてきたのです。

――そういう特殊な細胞のなかに、パーキンソン病の細胞もあるのですね。

髙橋 そうです。

すい臓の「すい島」にある
「インシュリン分泌β細胞」をiPSで

――ほかの細胞についてはまったく未知というか…。

髙橋 まだまだ克服しないといけないところが非常にたくさんあると思いますが治療対象を考えることで解決する可能性もあります。

上本 肝臓の領域でも、応用できる領域は小さい組織ですがあります。
肝臓の病気のなかで、ある一定の酵素を作れない病気、生まれつきの代謝性疾患です。
そのケースでは肝臓全体を入れ替えなくても正常の酵素を作りだす細胞を補ってやれば、治療に一時的には効くのではないかと研究されています。
細胞移植は、欧米ではだいぶ前から行われていたのですが、一時的な治療の為、ある程度経過するとまた入れなくてはなりません。iPS細胞からその細胞を増殖させて、肝細胞にうまく分化誘導できれば、もはや夢物語ではなくなるのです。ではiPS細胞からまともな肝細胞ができるのかというとまだまだです。

髙橋 肝臓細胞は次々リニューアルしていますから、つぎつぎに死んでいってしまうのですね。

上本 そうです。細胞を入れるといっても、もともとの細胞の解剖学的な構築が複雑です、肝細胞は血管などに囲まれていますから。そういうところには細胞が入り込めません。異なる場所で機能しているので、長期的にはなかなか生着しないのです。
そういう点では肝細胞移植よりも、すい臓の中の、インシュリンを分泌する、アイレット(islets)とか、ランゲルハンス島とも呼ばれる、「すい島」移植のほうがもう少し現実的かもしれません。
「すい島」には、「インシュリン分泌β細胞」があり、脳死、あるいは心臓が止まって亡くなられた方からその「すい島」を取り出して実際に患者さんに移植しています。拒絶反応の問題もありますし、また働いている場所が本来の所でもないので、しだいに消えていきます。しかし、この「インシュリン分泌β細胞」がiPS細胞からできれば、ふつうの薬のように年に1回投与することもできます。今世界中で研究されており、肝臓移植の分野では、もっとも期待できる領域だと考えられます。


――次回へ続きます。

上本 伸二 先生 先生略歴
昭和31年生まれ。
京都大学医学部卒。
同研究科教授などを経て、
平成26年同研究科長、医学部長。
生体肝移植をはじめ、多くの臓器移植手術を手がける。

髙橋 政代 先生 先生略歴
昭和36年生まれ。
京都大学医学部卒。眼科臨床医、
京都大学助教授などを経て、
平成18年から理化学研究所で網膜再生研究のチームリーダー。

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写真:産経新聞提供